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大阪「蟻通神社」 ― 歌人・紀貫之、能の大成者・世阿弥伝説を持つ歴史深き神社

「蟻通神社」は、大阪府泉佐野市にある神社。その起こりは古代にまで遡り、詳細がわからないほどに古いと言われています。今回はその蟻通神社について、紀貫之伝説を混じえながらご紹介します。

 

紀貫之の故事

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この神社には、紀貫之に関わる故事が残されています。紀貫之は、平安時代9世紀~10世紀に生きた貴族で、歌人として名をはせた人物です。

故事によると、あるとき旅の途上で貫之は、馬に乗ったまま蟻通神社の前を通りすぎようとしました。すると突然、空が一面雲に覆われ雨になり、乗っていた馬が倒れて難渋してしまいました。

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著者撮影

故事にちなみ、神社の境内には馬の像が奉納されています。

 

能曲『蟻通』の誕生

※神社の名称は〈ありとおし〉神社ですが、能の演目としては〈ありどおし〉と読みます。

この故事をもとに、およそ400年後の室町時代、能の大成者である世阿弥が『蟻通』という曲を創作しました。

馬が倒れて途方に暮れる貫之の前に、傘と松明を手にした宮守の老人が現れます。貫之が、神域を下馬せず通ろうとしたため、神のお咎めを受けたのだろうと老人は話して聞かせます。

そこが神社の境内だとは気づいていなかった貫之は、畏れいり、老人の助言に従って、神に詫びる歌を詠みます。するとたちまちのうちに馬は起き上がり元気を取り戻しました。

神のお許しをいただいた貫之は喜び、宮守の老人は祝詞を奏して舞を奉納します。そうして老人は、実は自分こそが蟻通明神なのだと貫之に告げると、夜闇に姿を消してしまいました。

神のお姿を拝見し、歓喜した貫之が、翌朝再び旅路につくところで、この物語(能曲)は終わっています。

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写真:wikipedia

この能にちなみ、神社の境内には舞殿があります。

 

戦争による移転

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拝殿(写真:wikipedia

神社の場所は、故事にあった場所からは現在は移ってしまっています。

第二次世界大戦に際して、当時の日本軍から、飛行場建設のために移転するよう強要されたのです。ですが、地元の方々のたいへんな苦労の末に移転作業が完了したというのに、その翌年には戦争は終結します。

「馬」と「飛行機」…..

この神社はこうして、不思議と「乗り物」というものに縁を持ちながら、歴史を重ねて今に至っています。

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著者撮影

ちなみに筆者も、参拝の際自転車でお伺いしたわけですが、歴史を考えると、境内で自転車に乗る行為をもししていたら、貫之のような目に……、なんて考えてしまいます。

歴史を知ると、それに伴って様々なことが脳裏をよぎり、観光がひと味もふた味もおもしろいものに変わるものです。

蟻通神社:オフィシャルサイト地図

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