Book a flight ticket
Search 02
Follow us! Facebook RSS Twitter
Goin’ Japanesque!

戦国時代関東最大の城だった「小田原城」 ― 北条氏ゆかりの地を訪ね、日本の歴史をのぞいてみよう

東京から日帰りで行ける天守閣が、神奈川県にある「小田原城」です。小田原城では、当時の侍や忍者たちが考案した様々な仕掛けが公開されていたり、実際に侍や忍者に変身することもできます。

今回、実際に小田原城を訪れ、見所をまとめてみましたので、お楽しみ下さい。

 

小田原城の歴史

odawara-castle1
著者撮影

小田原城が作られたのは15世紀の中頃と考えられています。

15世紀末に伊豆の韮山城を本拠としていた伊勢宗瑞(後の北条早雲)がこの城を攻め取り、以後その子孫である北条氏が5代100年に渡って小田原城を本拠として関東全域に勢力を拡大していきました。その支配は現在の神奈川県・東京都・埼玉県にあたる範囲にまで及び、最盛期には群馬県・栃木県・千葉県にまで領地を広げ、北条氏は東国で最大の勢力を誇る戦国大名でした。

しかし、1590年に大坂の豊臣秀吉に攻められ、北条氏は滅亡します。この小田原合戦は、関東だけでなく日本の戦国時代の終わりとされている戦いです。

その後、徳川家康が江戸に入り、小田原城は小田原藩の藩庁として大久保氏や稲葉氏が城主となり、東海道の箱根山の玄関口として交通上の重要な地となりました。1619年に置かれた箱根関所の管理運営は、小田原城から派遣された武士が行っています。

武士の世が終わり明治時代になると城は破却となり、その後は皇室の御用邸として利用されました。

戦後には公園として整備され、近年は城内の発掘や江戸時代の城門の復元が進んでいます。天守閣も10ヶ月休館して大改修を終え、2016年5月1日にリニューアルして公開となりました。

 

天守閣とその近辺

odawara-castle2
著者撮影

長い階段をのぼって天守閣に入ると、受付カウンターの後ろの壁に箱根の伝統工芸である寄木細工がデザインされています。

odawara-castle3
著者撮影

様々な模様をよく見ると、その中に忍者の手裏剣の形が。
実は、有名な忍者の一族「風間(ふうま)」は小田原の北条氏に仕えていたのです。

天守閣の内部には、小田原城の歴史についてパネルや映像での説明、古文書や考古資料、甲冑や刀剣が展示してあります。

最上階は、江戸時代の天守閣の部屋の一部が復元されており、外に出られる展望デッキもあります。

odawara-castle4
著者撮影

展望デッキからは四方の小田原城下を見渡すことができます。この天守閣からは、戦国時代の小田原城の中心地であった八幡山や、豊臣秀吉の本陣が置かれた石垣山も望めます。

odawara-castle5
著者撮影

天守閣の外へ出て、公園スペースを挟み向かい側にある常磐木門(ときわぎもん)の横では、侍や忍者に変身することができます。子どもから大人までのサイズがあり、料金もお手頃ですので、ぜひ体験してみてください。

odawara-castle6
著者撮影

また、小さなこどもにピッタリの遊園地も併設されており、幼い子を連れたご家族にも親しまれています。

 

銅門(あかがねもん)から外へ

odawara-castle7
著者撮影

訪ねた日は銅門内部が期間限定で公開されている日でした。

odawara-castle8
著者撮影

銅門は、発掘調査や絵図などを参考に、本来の工法に近づけて再現された門です。

odawara-castle9
著者撮影

入り口から向かって右側の柵のところには「石落とし」があります。敵が来た時にはここから下に石や汚物を落として撃退していたのです。

odawara-castle10
銅門の中から見た城の外(著者撮影)

門の下をくぐっている通路が、真正面で壁につきあたり、直角に右へ曲がっています。突き当たりの壁の向こうに空間があり、さらにその奥に門があるのがおわかりでしょうか。その奥の四角く囲った空間と門を含めて「馬出門」といいます。馬出門の先は城外です。つまり馬出門は城の出入口になります。

odawara-castle11
馬出門の外側から見た城内方向(著者撮影)

門の向こう側に空き地と壁、壁の向こうに銅門が見えます。

odawara-castle12
小田原城の案内板の一部(著者撮影)

この馬出門の空間があることによって、緊急時には城兵のたまり場になり、出入り口の防御や城の外への出撃をスムーズに行うことができます。

また、城の出入り口からの城内への侵入者は、直線の最短距離ルートをとることができず、城の守備側は銅門からの侵入者への攻撃に専念する事が可能となります。

odawara-castle13
著者撮影

白い壁には三角や四角の穴も開いています。これは鉄砲などを差し込み、侵入者を撃つために使われていたという穴です。

このような出入り口に空間を作る馬出門や、迂回させるためにわざと曲げた通路、壁の穴は、日本の多くの城に見られる構造でもあります。

関連記事:日光江戸村で殿様に変身!?食事も美味しい EDO WONDERLAND

 

地元市民に愛されている城址公園

odawara-castle14
著者撮影

公園内は「日本さくら名所100選」にも選ばれている桜の名所でもあり、春にはさくら祭りが行われます。また、毎年5月3日に行われる「小田原北条祭り」は、勇壮な武者行列が見られる、小田原で最大規模のお祭りです。その他にも一年を通して様々なイベントが催されます。

 

小田原城は、戦国時代からの日本の歴史を語る重要な史跡でありながら、地元市民の憩いの場にもなっている非常にお勧めの観光スポットです。東京からも簡単にアクセスできるので、ぜひ東京観光の1つのプランとして取り入れてみてください。地図

関連記事:日本でここだけ!江戸時代の本丸・天守閣が完全に残る「高知城」(山内一豊創建)

  • Facebook
  • Twitter
  • Pinterrest
  • Google+
  • LINE
  • LINE
Goin’ Japanesque!

About the author

Click here --> About Us

View all articles by Goin’ Japanesque!
{"dots":"false","arrows":"true","autoplay":"true","autoplay_interval":"6000","speed":"1000","design":"prodesign-16","rtl":"false","loop":"true","slidestoshow":"3","slidestoscroll":"1","centermode":"false"}
pagetop