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Goin’ Japanesque!

2016リオオリンピック・J-POP日本代表「椎名林檎」

2016リオオリンピックの閉会式での一場面、東京へのフラッグハンドオーバーセレモニーでの興奮がまだ冷め止まない日本。そのセレモニーの音楽監督を務めた、日本ポップスの日本代表とも言える「椎名林檎」を今回はご紹介したいと思います。タイトル写真:HuffingtonPost

 

セレモニーで使用された椎名林檎の楽曲たち

2016リオオリンピックでは、椎名林檎が作曲した曲が2曲使われました。まず1つ目が、2020東京オリンピックPVの曲「ちちんぷいぷい」です。そして2つ目が、東京の夜景が映し出された時に流れた「望遠鏡の外の景色」です。

元々「望遠鏡の外の景色」は、オリンピックを目指す選手達の姿をえがいた舞台「エッグ」という演劇のために書かれた曲でした。それが本当にオリンピックの舞台で流れたと思うと感慨深いものがあります。

 

日本での活躍

NIPPON

椎名林檎と言えば、2014年FIFAワールドカップのNHK交響楽団テーマ曲として書き下ろされた「NIPPON」という曲も代表曲の1つです。情熱的で日本的な様式美を表現した曲として評価が高かったのを覚えています。

椎名林檎は、ジャズからヒップホップまで、さまざまな曲の形式を取り入れた音楽を作ることで有名です。その融合した音楽は、時には「新宿系」と冗談交じりに言われ、根強いファンを多く獲得しています。その証拠として、2009年には芸術選奨文部科学大臣新人賞の大衆芸能部門にも選ばれています。

また、一時、海外で曲をリリースする予定もあったそうなのですが、音楽活動を休止しようとしていた時期だったので、止む無く中止したということもあったらしいです。

 

音楽活動歴

幸福論

椎名林檎は、1998年に「幸福論」でデビューを果たします。1999年に出した初のアルバム「無罪モラトリアム」は、約1年半もの間チャートインし続けるロングヒットを達成しました。

しかし、2001年になると、曲が意図しない方向に受け取られたりするのに疲れ果て、音楽活動を休止しようとしました。そんな音楽活動へのモチベーションが下がった椎名林檎でしたが、メンバーの為に書き下ろすつもりで曲を書けば意欲が湧くのではと考え、「東京事変」というバンドを組みます。

東京事変 群青日和

東京事変は、2004年にシングルCDの「群青日和」でデビューを果たします。その後、2ndアルバムの「大人(アダルト)」で、週間売上チャートで1位を獲得するなど大活躍していきます。

しかし、2012年のうるう年に東京事変は解散してしまいます。解散の理由についてはわかっていません。

その後2013年に「いろはにほへと/孤独のあかつき」で椎名林檎名義のソロ活動をまた再開することになり、現在に至ります。

 

リオオリンピックの閉会式でさらに注目を集めることとなった椎名林檎。世界的なイベントで曲が起用されるのは、真の実力派アーティストとして認められているからというのは言うまでもありません。パフュームやきゃりーぱみゅぱみゅのように、日本を代表するアーティストとして、世界的に認知される日が訪れるかもしれません。

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Takuma

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I hope to convey various information from tourist destinations in Japan to pop culture. I look forward to showing you about the excitement of my favorite Japanese manga.

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