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起源は階級制度!?「紫色」の魅力に取りつかれた日本の色の歴史

日本には古来より独特の色の歴史があります。例えば、わかりやすく柔道を例に出すと、帯の色(白帯、黒帯)で強さがわかりますよね。これは、元を辿ると、遠い昔からの色の歴史、すなわち色による「階級区分制度」が根本にあると考えられます。今回は、特に「紫色」について解説していきましょう。

 

冠位十二階とは

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http://www.worldwide-transition.info/

冠位十二階とは、603年に制定された階級区分制度の事。1人1人に、自分の身分の色が割り当てられ、その色の冠を着用しました。位の順序としては、

紫>青>赤>黄>白>黒

の順番で、最高位が紫、最低位が黒です。そして、その6色にそれぞれ濃淡をつけ、大・小として区別しました。結果、12階級に分けられたのです。

これにより、自分の身分では着用できない色が厳しく決められる形となりました。特に、紫色を着用できる人は多くありませんでした。なぜ紫色が最高位になったのかは、当時紫色の染料が貴重だったり、紫色に染める手間隙がかかる為だったと言われています。

 

平安時代の紫色

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「源氏物語五十四帖 空蝉」 歌川広重画

優美な貴族文化中心の平安時代は、紫が愛された時代と言えます。と言うのも、平安時代に有名な源氏物語は、別名「紫の物語」と呼ばれる事もあり、また、源氏物語の作者の名前にも、紫が使用されています(作者:紫式部)。

古今和歌集では、その中の歌の1つ「紫のひともとゆへに むさし野の草はみながらあはれとぞみる」と言う歌に由来して、「紫=ゆかり」と読むようになり、紫色が人と人との縁を象徴する色になりました。これは現代にも伝統として残っており、紫をゆかりと読む場面がありますのでぜひ覚えておいて下さい。

 

鎌倉時代の紫色

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http://www.12danya.co.jp/

鎌倉時代では、事実上禁止色が消滅した事により、位の高かった紫色を鎧に取り入れる武将が現れ出しました。どの時代にも目立ちたがり屋はいるようです。平安時代に最高位だった紫色の鎧はとても目立ち、大きな衝撃を与えました。…が、目立ち過ぎて、狙い撃ちをされてしまった武将もいたかもしれませんね。

 

江戸時代の紫色(歌舞伎)

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江戸時代でも、再度、条例により豪華な色の着用が禁止されており、庶民は質素な色の服を着用せざるを得ませんでした。その為、人々は表を地味な色にし、裏地に華やかな紫色を入れ、ファッションを楽しんでいました。着物などで、裏地の方が目立つ色が使われている場合があるのはこの名残です。

そして江戸時代の流行の発信源と言えば歌舞伎でした。「助六」と言う演目の中で登場した紫色の鉢巻がきっかけとなり、一気に庶民に「江戸紫」が流行りました。ここでも紫色が好まれたのです。

sukeroku-sushi
助六

また、歌舞伎の講演会場には、助六寿司という海苔巻きと稲荷寿司のセットが売られています。これは、紫の鉢巻・はちまき→海苔巻き・のりまき、主人公助六の愛人・揚巻(あげまき)→油揚げ(あげ)の稲荷寿司、と言うように、江戸っ子らしい洒落から由来していると言われています。

紫色の歴史、どうでしたか?鮪やサーモンなどの握り寿司もおいしいですが、助六寿司もぜひ食べて見て下さい。特に、歌舞伎の講演会場で売っている助六寿司は、とても上品な味に仕上がっていて、格段においしいですよ!

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